読書ノート「武士道の精神史」

基本情報

  • 著者:笠谷 和比古(国際日本文化研究センター名誉教授)
  • 出版社:筑摩書房
  • 出版日:2017年5月10日
  • 読了日:2018年8月11日

概要

武士道は、新渡戸稲造がアメリカで出版した「武士道」により海外にまで知られるようになった。しかし、日本人であっても、武士道とは何かと聞かれたとき、説明に窮してしまう。

本書では武士道の誕生、武士の社会における武士道の実態、武士道という概念の完成について「甲陽軍鑑」「葉隠」などの史料により明らかにしている。そして、武士道が武士から一般庶民に浸透し、時代とともに変質していく中にあっても、現代に至るまで生き続ける武士道の根本的なエートス(倫理的な心情)を「武士道七則」としてまとめている。

印象に残った言葉や表現

外面的な武士道から内面的な武士道へ

当初、武士は戦う存在であったが、世の中が安定した江戸時代において武士が行財政職を担うようになった。それに伴い、武士道の核心は、戦場においての勇猛果敢な戦いぶりといった外見的なことから、内面的な信念の強さ(意地)へと変質した。

主君への服従が忠義ではない

武士道書の中で今でもその名が知られている「葉隠」。「葉隠」において「忠義」とは、主君に唯々諾々と従っていればよいのではなく、自分の心に照らして納得がいかなければ、主君に対し本当にそれが良いのか訴えかけることが大事であるとしている。そして、主君の命令が、藩のためを考え誤っているならば、主君に諫言し、正すことが重要であるとされている。

「死」ではなく理想的な「生」の獲得

「葉隠」の有名な一節「武士道といふは死ぬことと見つけたり」。これだけを読むと「死ぬことが武士道の本分」と誤解してしまう。このフレーズには続きがあり、日々「死」を念じ、死ぬ覚悟を徹底すれば、周囲に惑わされることなく、一生涯武士の職分をまっとうできるということが書かれている。「葉隠」は、武士としての理想的な「生」の獲得を本質的な課題として追求している。

武士道から生まれた世界初のデリバティブ取引

武士への評価基準が戦場の働きから、外からは見えずらい内面的なものに変わっていくと、「約束を守る」ということが武士の存在意義の表現となった。

約束を守る(信用)を重視する考え方は、商人にも影響し、江戸時代における「信用経済」の発達につながった。大坂では米の先物取引が盛んになり、これがデリバティブ取引の原点として評価されている。

感想

私が、武士道に対して持っていた「忠義に従い主君のために死ぬのが本望」というイメージは誤りであり、本当の武士道とは、死を恐れない覚悟を持ちながら、藩(国)、主君、家のために理想的な「生」を追求するものであること、そして、主君へは盲目的に服従するのではなく、常に自分の内心に照らし間違っていると思えば意見し、正していくものであることがわかった。上記のような誤ったイメージは私に限らず多くの人が持っている。それは、明治に入り欧米列強と肩を並べるため、富国強兵の名の下に武士道とは国のために死ぬことだと喧伝されたことが原因だと本書で述べられている。

江戸時代には、信用(約束を守る)を重視するという武士道の価値観から、現代でいうデリバティブ取引の原点となる米の先物取引が行われていたということに驚嘆した。

筆者は本書のまとめで、武士道が時代の中で具現化してきた七つの根本的なエートス(倫理的な心情)として「武士道七則(「忠」「義」「勇」「誠」「証」「礼」「普」)」を挙げている。武士道といってしまうと誤解を生むので、そのエッセンスを取り出して、学校はもちろん家庭での教育に活用できるものだと思う。

目次

  • 現代にとって武士道とは何か
  • 武士の誕生―家と氏の成立
  • 中世武士のエートス―もののふの道、弓矢取る身の習い
  • 明文化される武士道―『甲陽軍艦』『諸家評定』『可笑記』
  • 「治者」としての武士―徳川時代における武士道の深化・発展
  • 生き延びるための思想―『葉隠』をめぐる誤解
  • 持続的平和の時代の武士道―信義と仇討ち
  • 国民文化としての武士道―庶民への浸透
  • 武士の社会と経済倫理―資本主義のさきがけ
  • 女性と武士道―武士道の主体としての女性
  • 明治武士道とその後―近代化と国家主義
  • 武士道七則―「忠」「義」「勇」「誠」「証」「礼」「普」
  • いま生きる武士道

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